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「風景・景観・造景」


講演会 「 風景・景観・造景 」 を聴講しました。
講師はボローニャ大学で美学・芸術学の教鞭をとられているラファエル・ミラーニ先生と、
風土について研究されているオギュスタン・べルク先生。



ラファエル・ミラーニ先生はターナーやピラネージの絵画をスライドで紹介。
英語による講演の為に聞き取るのはほぼ無理だったのですが、
頻出した単語は 「 ruins 」「 romantic 」 の2語でした。
これは 「 廃墟 」「 空想的な 」 という意味です。
特に建築学生なら理解できると思うのですが、廃墟に何ともいえない魅力を感じます。
この要因はミロのヴィーナスを鑑賞するときと同じ様な態度ではないかと思うんです。
腕が無いからこそ、最も美しい造形を頭の中で創りあげていくことができます。
廃墟に対峙した時の人間の心理も似たようなところがあるのでは、と、思いました。
空想するのが過去の繁栄であろうと、未来の栄華であろうと、
人間はプラトンの言う 「 イデア 」 の世界を求めてしまうんでしょう。

オギュスタン・べルク先生は、世界(風景)を客体として扱うのが近代の視点であったと分析する。
世界を道具として扱う、つまり、機能論に基づいた機械時代こそが近代であったと。
必要なのは人間本来の活動を復活させることとして、 「 HUMANISM 」 という言葉を用いました。
ちょうど今勉強会として解読しているのが 「 THE ARCHITECTURE OF HUMANISM 」
20世紀初頭から言われ続けているHUMANISMという指標は解決することはあるのか??
HORCE WALPOLE の 「 塀を無くして堀にしたら、自然が庭になった 」 という言葉が、
近代以前の日本では極当たり前のことではあるのですが、妙に印象に残りました。

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